夢のはじまり
幼稚園の頃に将来の夢に平仮名で「がらすこうげいか」と書いたこと、小学1年生の時の作文にも同じ夢を書いたこと、これが私の原点です。TVを指差し「この仕事は何?」と母に聞いたそうです。
中学生の頃にそれを思い出し、己の技術とセンスで生きる大人への憧れ、何か作品を残すという仕事に強く惹かれ、その想いは胸の中で静かに育ちやがてそれは、高校へ入学した頃には本当の夢へと変わっていきました。
18歳で小樽へ
高校を卒業後に小樽で門を叩きガラス工芸の道へ。師匠との出会いがガラス工芸人生のすべての始まりです。下積みは雑用からスタート。とても厳しく時間も余裕もない毎日の中、ガラス工芸の魅力に惹かれていく。小樽で積み重ねたこの時間は、辛い苦労の記憶であると同時に、この世界の厳しい現実を教えてくれた時間でもあります。本物の技術と覚悟に触れ、間違いなく今の自分に最も影響を与えた濃密な数年間でした。
北海道を離れ長野へ
新しい技術を求め北海道を離れる事を決意。次の工房を探す為に全国をヒッチハイクで巡った末に奇跡的に出会ったのが長野県の『SUWAガラスの里』でした。
全国でも恵まれた設備と、表現の幅を広げられる環境。そしてアール・ヌーヴォー期の本物の芸術作品に日々触れられる場所。諏訪での経験と多くの出会いは、今も制作の芯に息づいています。
札幌で独立する意味と覚悟
周囲の反対を押し切り、札幌で独立する事を決めます。
「なぜ小樽ではなく札幌なのか」「札幌でガラス工芸など成立するはずがない」と散々言われましたが、生まれ育った街である札幌で活動する事に意味があると信じていました。
さらに独立の準備を進めている最中に東日本大震災が発生し「今の日本に新たなガラス工房など本当に必要なのだろうか…」と思い悩みますが、独立する意味を見つめ直し、改めて社会に自分が人生を捧げてきたガラス工芸で貢献するという覚悟が決まりました。
GLOW — The Story
硝子工房GLOWの誕生
2011年秋、『硝子工房GLOW』を設立。札幌市北区・東茨戸に工房を構え溶解炉を点火。GLOWとは、「赤熱」や「輝き」を意味する言葉です。
真っ赤に溶けたガラスは、息によって形を変え、やがて透明な光を宿します。溶解炉の炎が生み出す赤熱と人の暮らしを照らす穏やかな輝き、作品を手にした方の人生が静かに美しく輝くことを願い名付けました。
札幌からガラス工芸の文化を発信
記念品や贈答品、器、空間装飾など、様々な作品を制作してきました。中でも、鏡餅、雛人形、兜飾り、鯉幟などの日本の風習を表現した作品は、多くの方に親しまれ、国内だけでなく韓国や中国など札幌市との姉妹都市提携の周年記念の品やスペインなどヨーロッパにも国際交流の品として届けられてきました。札幌の地から文化をひらく可能性を感じ、地域に根を張りながらも広く世界とも繋がっていくその中に、ガラスが持つ静かな力を信じています。
そして、札幌から発信するガラス工芸の文化が、次の世代へと受け継がれていくことを願っています。
息とは、自らの心
宙吹き技法の最大の特徴は、自らの息でガラスを膨らませる事にあります。私はそこに特別なものを感じています。「息」とは、自らの心と書く。だからガラスに息を吹き込むことを、自らの心をガラスに託すことだと考え、技術だけではなく心も込める。
幼い頃の私が「がらすこうげいか」と夢を書いたように、いつか私の作品や制作する姿を見た子どもが、「自分もこんな仕事がしたい」と思ってくれたなら。この仕事を続けてきた意味の1つとなるのかもしれません。これからも一息に心を込めてガラスと向き合っていきます。
この一息が、次の誰かの夢を照らす光になりますように。
